妊娠中や出産後に運動を行うメリット

健康を維持するためには運動が大切なことはよく知られています。

これは妊娠中にも当てはまることで、特に問題のない正常な妊娠であれば、妊娠中の運動は母体や胎児にとって、良い影響を及ぼすと言われています。

しかし、具体的に妊娠中のどの時期に、どのような運動をどれくらい行うと効果的なのでしょうか?

また、妊娠中に運動を行ってはいけない場合は、どのような時なのでしょうか?

この記事では、そのような疑問に対して、科学的に検証された論文をもとに解説していきたいと思います。

正常妊娠であれば運動は母体にとって良い影響をもたらしてくれる

妊娠中の運動は、正しい運動負荷量や適切な時期を守って行えば、妊娠中の運動のリスクはほとんどなく、むしろ母体や胎児にとって良い影響がもたらされることが分かっています。

ただし、妊娠中は体型や姿勢、呼吸循環器系の変化が起こるため、より安全に効果的に運動を行うため、必ずかかりつけの産婦人科医の指示を仰ぐ必要があります。

いくら正常妊娠だからと言って自己判断で運動を行わず、必ず担当医や運動の専門家に相談してから行うようにしましょう。

運動は筋肉や心肺機能を維持向上させることができ、それによって肥満や肥満に伴う生活習慣病のリスクを低減させる効果が期待できます。

一般的な糖尿病は基本的には治癒しませんので、一旦糖尿病にかかってしまえば、運動療法や食事療法、薬物療法などを行い、生涯にわたって付き合っていかなければいけない病気です。

これに対して妊娠中に発症する妊娠糖尿病は、一般的な糖尿病と違って適切な治療によって治癒が可能な糖尿病です。

しかし、一旦妊娠糖尿病を発症すると、たとえ治癒しても、その後に一般的な糖尿病を発症する確率が、妊娠糖尿病を発症しなかった方に比べて高くなることが分かっています。

そのため、妊娠糖尿病は一般的な糖尿病と比べて治る病気であっても、その後の糖尿病の発症率を考えると、妊娠糖尿病にならないように予防することが大切です。

これまで、定期的な運動習慣や健康的な食生活、禁煙や睡眠など、健康的なライフスタイルを維持してきた女性の方は、妊娠中もその健康的なライフスタイルを維持していくことが望ましいですし、これまであまり健康的なライフスタイルを意識したことがなかった方は、妊娠をきっかけに、自分やこれから生まれてくる赤ちゃんのためにも、健康的なライフスタイルを意識していくことが望ましいでしょう。

特に合併症がなく、正常な妊娠経過をたどっている妊婦さんであれば、運動が流産や胎児の発育不良、早産等を引き起こす可能性あるということは、これまでの研究から実証されていません。

つまり、特に合併症のない、通常の妊婦さんであれば、適切な運動量や運動の時期を守って運動を行えば、安全に運動を行えるということです。

妊娠中に推奨される運動の種類

運動と言っても、マラソンのような運動負荷量の高いものから、ウォーキングなど、運動負荷量が比較的低いものまで様々です。

妊娠中の運動としては、当然ですが、運動負荷の高過ぎる運動は推奨されません。

妊娠中は体型の変化によりお腹が大きくなり、重心が前方に傾きやすくなります。

それによってバランスが不安定になりますので、バランスを崩しやすいような運動も避けるべきでしょう。

妊娠中の最も一般的な運動と言えば、ウォーキングでしょう。

その他にも、自転車エルゴメーターなども安全に運動ができるのでおすすめですし、マタニティヨガなどもストレッチ効果やメンタル面への良い影響をもたらすため、妊娠中の運動として推奨されています。

妊娠中に運動を行うことで得られるメリット

妊娠中に適切な運動を行うことで、帝王切開になるリスクを減らせることが分かっています。

また、妊娠中の過度の体重増加や妊娠糖尿病、妊娠性高血圧症、早産、帝王切開、低出生体重児の発症率を低下させる事が分かっています。

妊娠中の運動で考慮すべき点

妊娠は解剖学的にも生理学的にも、妊婦に変化をもたらします。

最も分かりやすい変化は、体重の増加と、お腹が大きくなる事で、脊柱、特に腰椎の弯曲が大きくなる事です。

そのため、妊婦は腰椎にかかる負担が大きくなり、腰痛を起こしやすくなります。

妊婦の60%以上が妊娠中の腰痛を経験した事があるとの報告もあります(Wang SM et al, Obstet Gynecol 2004)。

また、妊娠は妊婦の呼吸や循環器系への変化ももたらします。

妊娠中は母体だけでなく、お腹の胎児にも血液を供給しなければいけないため、全身を循環する血液量が増加します。

そのため心拍出量が増加し、心臓への負担は増大します。

また、妊娠中は呼吸状態も変化します。

胎児の成長に伴って子宮が大きくなると、それによって横隔膜が圧迫されるようになります。

すると横隔膜の動きが阻害されるようになるため、腹式呼吸が難しくなり、胸式呼吸になっていきます。

また、子宮の肥大によって横隔膜が上方に挙上するため、肺の体積が減少し、肺の機能も低下してしまいます。

通常、肺には通常の呼吸では換気されない空気が存在しています。

それを予備呼気量や残気量と言います。

この予備呼気量や残気量の減少を補うため、1回換気量が増大します。

下図参照

妊娠によって体重が増加したり子宮が肥大したりすると、通常時と比べて、同じ運動負荷量でも妊娠中の方が身体への負荷量はより大きくなります。

妊娠前に行っていた運動負荷量と同じ運動負荷でも、妊娠中の運動は、主観的にも疲れやすくなります。

そのような妊婦の身体の変化を理解した上で、運動プログラムを決めていくべきでしょう。

また、妊娠中の有酸素運動は有酸素能力を高める事が分かっていますので、適切な運動負荷量で運動を行う事は、母体にとっても良い事でしょう。

妊娠中の運動が胎児に与える影響

妊娠中の運動が胎児にマイナスの影響を及ぼすという研究結果は出ていません。

妊娠中の運動によって運動中や運動後の胎児の心拍数がベースラインから1分あたり10〜30拍増加する事が研究により分かっていますが、妊娠中に運動を行った妊婦と運動を行わなかった妊婦の出生体重の差は、わずかであったと結論づけられています。

ただし、妊娠後期に激しい運動を行っていた妊婦は、運動を行わなかった妊婦と比較して、胎児の体重が200〜400g少なかったとの報告もあります。

そのため、妊娠後期の激しい運動は注意する必要がありますが、適切な有酸素運動は胎児に特に大きなマイナス面の影響は及ぼさないことが分かります。

妊娠中に運動を行うメリット

妊娠中の運動はデメリットよりも多くのメリットがあります。

妊娠中の定期的な有酸素運動は妊婦の体力を維持・改善させる効果があります。

他にも帝王切開のリスクを減らしたり、分娩後の回復時間も短縮されることが分かっています。

メリットはフィジカル面だけでなく、産後うつの予防効果があるなど、メンタル面へも良い影響をもたらすことが分かっています。

2017年にMagro-Malosso ERらが行った研究結果では、有酸素運動を週に2-7回行っていた妊婦は、あまり運動を行っていなかった妊婦と比較して、妊娠高血圧症や帝王切開のリスクが有意に低下していたことが分かりました。

また、Jovanovic-Peterson Lら(1989)やGarcia-Patterson Aら(2001)によって行われた研究では、妊娠中の運動が、妊娠糖尿病妊婦の血糖値を下げることが報告されています。

Meher Sら(2006)によって行われた研究では、運動が子癇前症を予防する効果があることも分かっています。

他にも、Magro-Malosso ERら(2017)によって行われた研究では、 多胎妊娠ではなく単胎で妊娠した肥満傾向のある妊婦が週に3-7回、1回あたり30-60分の有酸素運動を行ったところ、あまり運動を行わなかった女性と比較して、早産の発症率が低下することも分かっています。

妊娠中の運動プログラム

妊娠中だからといって、特別な運動プログラムは必要ありません。

ウォーキングや自転車エルゴメーターなどの有酸素運動を適度な負荷量で行うだけで大丈夫です。

一般的には運動の負荷量は脈拍数や自覚的な運動強度(Borgスケールなど)を目安にしますが、妊娠中は運動負荷に対する心拍応答が鈍くなることが報告されているため、妊娠中の運動負荷量は脈拍数よりも自覚的な運動強度を目安にする方がいいでしょう(McMurray RGら,1993)。

ウォーキング中に話もできないくらいきつい、というような状態では負荷が高過ぎます。ウォーキングしながらでも会話ができる程度の負荷量が適しています。

多胎妊娠ではなく、妊娠の経過も順調に進んでいる正常な妊娠であれば、基本的には安全に運動可能ですが、運動中に下記のような症状が出現したら、直ちに運動を止めて、かかりつけ医を受診しましょう。

  • 膣からの出血
  • 腹痛
  • 規則的な痛みを伴う収縮
  • 羊水の流出
  • 運動前の呼吸困難
  • めまい
  • 頭痛
  • 胸の痛み
  • バランスを崩してしまうような筋肉の脱力感や筋力低下
  • ふくらはぎの痛みや腫れ

運動習慣のなかった方は、まずはゆっくりとした運動から始めていくべきでしょう。

運動習慣のある方でも、負荷量の大きい運動を長時間行うことはリスクがありますので、負荷量の大きい運動を長時間行うことは避けましょう。

また、運動環境や適切な水分補給にも注意が必要です。

暑熱環境下での運動は当然避けなければいけませんが、脱水にも注意が必要です。

Grisso JAら(1992)は、妊娠中の脱水が子宮収縮のわずかな増加と関連していることを報告しています。

多胎妊娠の場合は運動がリスクになることもあるので注意が必要

これはあくまで妊娠の経過が順調な単体妊娠の場合に適応になります。

双子・三つ子などの多胎妊娠や単体妊娠でも妊娠合併症がある場合などは、運動を行うことで早産のリスクを高めたり、妊娠合併症を悪化させてしまう可能性もあるため注意が必要です。

産後の運動

出産後は育児に追われるため運動の時間を取ることはなかなか難しい場合もありますが、産褥期を過ぎたら、妊娠中に行っていた運動を出産後も続けることは、産後の健康を維持していく上でも有効です。

まずは妊娠出産で緩んだお腹周りや骨盤底筋を再び元の状態に戻すような運動から始めるのもいいでしょう。

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骨盤底筋群の運動は産後すぐから始めても大丈夫です。

授乳中に有酸素運動を行っても、その運動によって母乳の産生が悪くなったり質が変化したりといったことは起こらないと報告されています。(Cary GB, et al. Can J Appl Physiol 2001)

産後に必要な安静期間が過ぎたら、軽い運動からでもいいので運動を習慣化するようにしてみましょう。

参考文献

Meredith L. Birsner, et al. : Physical Activity and Exercise During Pregnancy and the Postpartum Period. OBSTETRICS & GYNECOLOGY135(4), 178-188, 2020.